台風の季節(4)

「ホントにくるのかな?」
 ぬいぐるみの入った大きなビニール袋を抱えたまゆみが尋ねると、
「たぶんね」
 スマホを見たまま、康介が答えた。「当たっていれば、だけど」
 駅前のコンコースにいるのは、康介とまゆみのふたりだけだった。高架の下だから、雨はしのげるけれども、テーマパークの玄関口らしく華やかな雰囲気を演出するためか、広い空間が確保されており、そこを時折、強い風が吹き抜ける。
 臨時休園という情報が行き届いていたのか、いつもは待ち合わせの人であふれているであろうコンコースも人影はなく――ふたりは大きな柱に背を預けて、来るかどうか定かではない「犯人」を待っていた。
 たいぐるみと一緒に入っていた、手紙を発見したことで、ふたりはピンときた。あのお姉さん――優香は、この手紙を見つけたから、態度を変えたのだ、と。
 コレを預かれないのだとしたら最初からそう言うハズだし、預かれるのだとしたら、それは手紙が入っていようといまいと、関係ない話だ。つまり、「手紙を見つけたから、預かれないと言い出した」ことになる。
 その手紙には、宛名がなかった。中には書いてあるのかもしれないけど、少なくとも外から見えない。それなのに、手紙に気付いたところで、優香は態度を変えた。ということはつまり、その手紙が自分宛のものだと理解し、受け取りたくないから、とっさに「園内ではないから、警察に」という言い訳を考えた――ということなら、辻褄は合う。
「じゃあ、『これを置いたのは誰か』ってことが問題よね」
 まゆみの言葉に、
「検索するか」
 康介は答えた。
 中身であるぬいぐるみは「二年前に販売された十周年記念バージョンのぬーたん」だ。それがいまも新品のまま店頭で販売されているとは思えない。ということは、中古で購入したか個人売買で入手したか、だ。それなら、ネットで購入した可能性が高い。ネットで購入したのなら、その痕跡が残っているかもしれない。
 そして、そこまでして入手したのならば、SNSのどこかに、「入手できた」と投稿している確率は高い。つまり、そのふたつの情報を組み合わせれば、本人を特定できることになる。
 まゆみと康介は、手分けをして検索することにした。
 メルカリのヘビーユーザーであるまゆみは出品履歴検索を担当し、康介はSNSの書き込み検索を担当。
 康介はまず、「十周年記念バージョン ぬーたん 優香」で検索してみたがヒットせず。いきなり壁にぶつかったが、「優香じゃなくて、あだ名で書き込んでるんじゃない?」とまゆみが言うので、「優香 あだ名」であだ名を検索。「ゆうたん」「ゆうたろう」「ゆうかりん」「ゆっちゃん」「ゆーか」などをピックアップ。「優香」の替わりに、そのあだ名をあてはめて検索したところ、いくつかの書き込みがヒット。
 その中で「本人が買ったものではない」「まだ渡してない」「比較的最近」の条件に合った書き込みの日付と、まゆみの検索した出品履歴に記入されている落札日付を照合。アカウントの文字を比較して、「おそらく同一人物だろう」と推測した相手に、ダイレクトメッセージを送った――のが、一時間三〇分前。
「さっきのお店で待ち合わせってことにした方がよかったんじゃない?」
 しびれを切らしたのか、まゆみがそう言った。
「そんな遠くには行ってないだろうから、すぐに来ると思ったんだけどなぁ」
 そう答えて、康介はスマホに指を滑らせた。
 ――まだ、返信は届いていない。
「返信して」とは送ってないから、返信がくるとは限らない。むしろ、返信せずに直接来るだろうな……と康介は思っていた。
 康介が見つけたのは、こんな書き込みだった。

ゆーかの欲しがってた十周年記念バージョンのぬーたん、見つけた。
これで仲直りできるかな…

 このぬいぐるみが「仲直りのプレゼント」なら、直接渡そうとするハズだ。でも、そうしなかった。今日、ここまで来て――しかも、優香が今日勤務しているという確信して、今日を選んだのだろうに。
 なにがあったかはわからないけど、迷っているというのは、想像できる。
 だから、戻ってくるにしても、どうしようか迷うだろうから、返信はないんじゃないか……と、康介は思ったのだ。
 ゴゴゴゴゴ…。
 コンコースに、高架を走る電車の音が響いて――止まった。
「今度は乗ってるかな」
 まゆみが言ったとき、改札の向こうに、パラパラと階段を降りてくる客が見えた。――その中からひとり、小走りでこっちに向かってくる姿があった。
 かなりガタイはいいけど、気の優しそうな好青年――と、康介は感じた。
「DMくれた人ですね?」
 彼――征也は、康介に話しかけたあと、まゆみのかかえている「ビニール袋」をちらっと見て、「確かにボクのです。預かってくれてありがとうございます」
 そう言うと、まゆみの腕からぬいぐるみの入ったビニール袋を奪いとると、ふたりに背を向けた。すると、
「ちょっと!」
 コンコースに、まゆみの声が響き渡った。「このまま帰るつもり?」
 征也は足を止めると、ゆっくり振り返った。

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