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「あの、優柔不断ボンクラオトコが?」
由利はそう言うと、タバコを吸う手を止めた。「ボクを見捨てないで下さい、って泣きつくタイプだと思ってたんだけど」
「ホント。ありえない話よねぇ」
そう言いながら、あたしもタバコに火をつけた。二人分のタバコの煙を、給湯室の小さな換気扇がガガガ…とイヤな音を立てながら吸い込んでいく。
由利は、会社の同僚だ。課は違うんだけれども、お互いかなりのスモーカーなんで、何度も喫煙所で顔を合わせるうちに、彼氏を紹介してもらうほど仲良くなった。それだからこそ、由利から「合コンに出てっ」とお願いされたときに、しぶしぶながらも顔を出したのだんだ。それがまさかこんなことになるとはねぇ。
「で、どうするのよ」
由利はそう言いながら、ヴァージニアスリムを灰皿に押し付けた。まだ半分しか吸っていない細いタバコが、くの字に折れ曲がる。
「そうねぇ」
と、ため息をつくあたし。
そりゃあ付き合ってたわけだから、嫌いなわけじゃあない。でも、心底惚れ抜いて付き合ったというわけでもない。その時に彼氏不在で、悪い印象でもなかったらとりあえず付き合い始めてみて、それがずるずる続いていただけ……と思う。
英臣は、あれこれ押し付けるタイプでもないし、正直オトコとして物足りない部分もないではないけれども、よもや「距離を置いたほうがいい」なんて言い出すとは思っても見なかった。だから、面食らっているというのが正直なところで、どう対処したらいいのか、思いつかない。
「ほっとけば、『ボクやっぱり、茜ちゃんがいないとダメみたい』とか、言ってくるんじゃないの?」
と、由利は声を鼻にかかった英臣の声色を真似た。
「まあね。そんなとこじゃないかと……」
あたしが返事をしかけたとき、由利の携帯電話が鳴った。あたしは、ふうと息を吐いて、軽く背伸びをする。
二〇代も後半に入ると、続々とまわりの娘が寿退社していく。このままあたしも、ずるずると結婚していくんだろうなと、ぼんやり考えていたところではあった。結婚に大きな幻想を抱いていたわけし、なんとなくってケースが多いことも知っている。しかもドラマチックな出会いで結婚した人ほど、あっさり離婚したりしてるし。つまり、あたしと英臣みたいなのが結婚していくんじゃないかとぼんやりと考えはじめた――というより、覚悟を決めはじめたところではあったのだ。そんなタイミングで、こんなオチが用意されているとは、考えてもみなかったけど。
「だから、茜はここにいるって」
由利は電話に向かって言った。どうやら相手は、由利の彼氏らしい。でも、そこになんであたしの名前が出てくるの?
「これは大問題だからね。しっかりリサーチするのよ」
由利は電話を切ると、あたしに向かって、「茜、アンタの彼氏、今日からサイパン旅行らしいわよ」
「はぁ?」
旅行にいくなんて、一言も聞いてないぞ、あたしは。
呆然としているあたしに、由利は早口でまくしたてた。
「それも、彼女とだって。職場で大ノロケかましていたらしいわよ。それなのに、当事者の一人が、ここでのんきにタバコ吸ってるってどういうことよ。おかしいと思わない? あのヤロー、とんだタヌキだわっ」
一方、あたしはと言えば。
自分でも不思議なくらい、落ち着いていた。
これで、ツジツマが合う。すでに新しい彼女がいて、あたしはとっくに用済みで、合コンだなんだというのは、単なる口実だったと。そういうわけなのね。
フフフ。それなら納得だわ。
「茜、笑いごとじゃないでしょうに」
怪訝そうな由利の言葉に返事もせず、私はニヤついていた。