Avenue.の「三番街 ハウスな午後はラベンダー」には、ライブシーンが出てくるわけですが。
実は、「イメージセットリスト」というのを作って、それを聞きながら描いてたりしたのです。
ニーズがあるかどうかはわからないですけれども、それをご紹介してみようかな、と。
1曲目 Catch a Dream/TRICK8f
2曲目 君なら大丈夫/フレンチ・キス
3曲目 Please Me Darling/Vanilla Beans
4曲目 トキメキ★マイドリーム/Negicco
アンコール 初恋サイダー/
Buono!
余談ですが。
この章を書いてる間に、あれこれ変更がありまして。
2番街から3番街へと順番が変更になり、サブタイトルも「硝のいちばん熱い夏」になりました。
ここまで大胆な変更は、はじめてかも(笑)
7
最後の曲が終わると、
「ありがとうございました」
そう言って、硝は深くおじぎをした。――1秒、2秒、3秒。
いままでの感謝の気持ちを込めて、いつもより長く。
すると、いままで我慢していた涙が、ステージに落ちた。泣くのが悪いとは思わないけど……それを見られるのが恥ずかしくて、硝は小走りでステージからはけた。
「お疲れさま!」
戻ってきた二人と一匹――じゃなくて、三人に茶月が声をかけた。が、硝は杏菜の胸に飛び込んだ。
様子を察した杏菜は、
「あと一曲残ってるんだから、泣くのはそれまで我慢しなさい」
と言ったが、それが硝には、「あと一曲しかない」に聞こえて、余計に涙が止まらなくなってしまった。それを見たサキチが、ぽんぽんと白い手袋で、硝の頭をなでた。
「――どうですか?」
茶月は、横にいた理事長の吉田山に聞いた。が、大音量のアンコールにかきけされて、聞こえないようなので、茶月はもう一度、大きな声で言った。
「ど・う・で・す・かっ!!」
それでようやく聞き取れた吉田山は、大きくうなずいたあと、
「仕方ないですね」
とつぶやいた。それを聞いた茶月は、にやりと笑って、ポケットから封筒を取り出し、硝に渡した。
「これ、ステージに上がったら、アンコール曲がはじまる前に読んで」
と耳打ちすると、パンパンと、大きく手を叩いた。「さぁ、アンコールいきましょ!」
その声に促されるように、三人はステージへ小走りで向かった。
三人……というか、二人と一匹が登場すると、「うぉーっ!!」という地鳴りのような歓声が起こった。
「さっきこれを渡されて……」
そう言いながら、硝は手にした封筒をみんなに見せた。「いま読めと言われたので、読みます」
ガサゴソと紙を開く音が、マイクを通して、会場全体に響く。
「えっと……『ペッパー&ミントの活動を、四ヶ月延長します』」
まるで爆発音かのような歓声と、悲鳴に近いような三人の叫び声。そこにアンコール曲のイントロが重なって流れ始める。
が、硝はその場にしゃがみこんでしまい、杏菜とサキチ――の中の咲紀も、硝を取り囲み……イントロが終わっても、歌いはじめられそうな状況ではなかった。
その様子を見たファンが、ひとりまたひとりと、アンコール曲を歌いだし、いつしか大合唱となった。
この日のライブは、「アンコールで大合唱事件」として、ファンの間で語り継がれることとなる。
Fin.
6
前奏が流れ始めた瞬間、ざわめきが歓声に変わった。
衝立の裏で、杏菜とサキチ――の中に入っている咲紀と軽くハイタッチをすると、硝はステージに飛び出した。
すると、イベント広場からあふれんばかりの人波が目に入ってきて、硝は思わず、背を反らせた。踏ん張っていないと、押し返されそうなぐらいの迫力で、MIXの声が迫ってくる。
硝はマイクを握りなおして、つま先で軽くリズムを取ってから、小さく腕を動かしはじめた。少しずつ動きを大きくするごとに、不思議と気持ちが落ち着いていく。
――よし。今日は最高のライブにする!
大きく息を吸って、硝はマイクを口元に持っていった。
八月の最終日曜日。「かたひらアベニュー」のイベント広場には、日曜恒例の――そして最後のペッパー&ミントのライブに、たくさんの人がつめかけていた。十時のオープンから十五分も経たないうちに、広場はほぼ通勤電車かのような状態になった。ライブの開演は十五時にもかかわらず、である。
ただし、五時間も立ちっぱなしというわけではない。両隣の人に声をかけて目印をおいておけば、外出OKというルールが、ペッパー&ミントのファンの間にはできていた。外出している間に、食事を済ませたり、買い物をしたりするわけである。むしろ、「積極的に外出すべし」という空気さえあった。
八月に入ってから、ライブ後にメンバーとハイタッチができるというイベントができた。ステージ上に並んだメンバーの前を通り過ぎて、そのときにメンバーとハイタッチができるというだけのイベントだが、これが当たった。
きっかけは、ライブのトークコーナーで、
「お店の売り上げが伸びてないって、怒られちゃったんですよねー」
と硝がつぶやいたことだった。
それを聞いたファンが、さっとレシートを取り出して、頭上に掲げたのだ。「自分は買い物してるよ」というメッセージだったのだが、それを見て、
「買い物をしてくれた人には、なにかしない?」
と杏菜が言い、それを受けて、
「ハイタッチくらいならできるかな?」
硝が答えると、観客から大拍手が起こり――その日から「ハイタッチ会」がはじまったのである。
ペッパー&ミントのハイタッチ会のルールは、「レシート一〇〇〇円分を見せると、ライブ後のハイタッチ会に参加できる」だ。なので、ファンは「かたひらアベニュー」内のお店を歩き回って、レシートを集めることになり――結果として、あらゆるお店の売り上げが伸びたのだった。
――一曲目が終わると、地鳴りのような歓声が、三人を包んだ。
肩で大きく息をしながら、
「みなさんこんにちは、ペッパー&ミントです」
そう言って、硝は深くお辞儀をした。
いつものなら、ここで息が整えられるはずだけど、今日はなかなか息が戻らない。
それだけ、力が入ってるんだな……なんてことを思いながら、
「ペッパー&ミントのミント担当、野上硝です」
と硝は、いつもの自己紹介トークをはじめた――と同時に、観客がいっせいに、きみどり色のタオルを振り回した。
これがいつもの「儀式」だった。
ライブ後にハイタッチ会することに決まったあと、なにも買い物をしていない観客が、あわてて周囲を見回したところ、イベント広場に一番近いお店が雑貨屋で、その店頭にはタオルが山積みされていて、しかも都合のいいことに一枚一〇〇〇円で売っていたのである。
結果、観客のほとんどが、その店でタオルを買ったレシートを持って、ライブ後ハイタッチ会に並ぶことになり、せっかく買ったんだからと、そのタオルをライブで使うようになった……というわけである。
だから、ペッパー&ミントのライブでは、ペンライトやサイリウムは使われない。「かたひらアベニュー」では売っていないからだ。
三人の自己紹介が終わったところで、二曲目が流れはじめた。ミドルテンポの、メッセージソング。
来てくれた人へのメッセージのつもりでこの曲を選んだのだけれども、ホントは自分へのメッセージなのかもしれない――歌いながら、硝は思った。
アイドルになりたかった。理由やきっかけはどうあれ。
だから、「ペッパー&ミント」結成の話がきたとき、飛びついた。
けど、集まったのはたった三人で……しかも残りの二人は、イマイチ乗り気ではなくて。
しかも、実際に活動をはじめてみれば、見たり聞いたりしていたアイドルとは、かなり違っていて。
正直、がっかりした部分もあるけど、「中学のときの職場体験みたいなもの」と思って、やってきた。
そう、「本当のアイドルになるための予習」のつもりだった。
つもりだった……けど――。
――二曲目が、フェードアウトしていく。と同時に、大きな拍手と声援。
ふぅと大きく吐いたところで、硝は肩を叩かれた。
右隣のサキチこと咲紀が、手を左右にひらひらさせて、なにかをアピールしている。
「どうしたのサキチ?」
硝は、サキチに耳を近づけた。「うんうん。好みのタイプの女の子が通ったらちょっとナンパしてくる? あんたライブ中にどこ見てる……って、ちょっと!」
硝の言葉を無視して、サキチはステージからはけていくと、会場から笑いが起こる。
――これが、いつものパターンだった。
咲紀はダンスが苦手な上、着ぐるみの中に入っているというハンデもある。なので、一度はけて休憩時間を取っているのである。次の曲は硝と杏菜の二人になってしまうのだが、それが逆に「二人組の曲も披露できる」というメリットになっていた。硝と杏菜の二人が疲労するピンクレディーやWinkの曲は、おじさま年代の人たちに好評だったりするのである。
「しょうがないから、二人で続けよう」
杏菜が言うと、二人はくるりと背を向けた。そのポジションからはじまる曲なのだが……そのときはじめて、衝立に掲げられている大きなフラッグに硝は気がついた。はっとして二人は顔を見合わせた。
大きさはおそらく、二m×三mくらい。縫い目が見えるから、市販の布を縫ってつくったのだろう。中央にはファンの誰かが考えたであろうペッパー&ミントのロゴっぽいものがあって、その周囲には手書きのメッセージが、たくさん書いてあった。
思わず、泣き出しそうになって――大きく息を吸って、涙をこらえた。
こんなことをしてくれたんだという、うれしさと。これで最後なんだという、さみしさと……。
感情が入りすぎて、ソロパートで声がかすれがちになりながらも、なんとか三曲目を歌いきったところで、いつもより早く、サキチがステージに戻ってきた。
硝の様子を察したサキチ――の中の咲紀が、ぽんぽんと硝の背中を叩いた。
台本では、ここで「さっきの女の子は見つかった?」みたいなトークをする予定だったのだけど、「それはいいから、次の曲にいこう」という合図だった。
黙って二回うなずくと、硝はマイクを両手で握り締めて、
「次が最後の曲になります。聞いてください――」
とだけ言った。
最後の曲は、ポップで前向きな曲。そして、唯一の、オリジナル曲。泣いているわけにはいかない――。
硝は、リズムに合わせて拳を突き上げた。
いくつもより強く、高く。
それに合わせて、コールが返ってくる。
声援に、気持ちが加速していく。
そして、この空間いっぱいに笑顔が広がって――。
いつしか硝は、この快感の虜になっていた。
メンバーと観客の一体感。誰もが笑顔になれる、最高の場所。
最後の最後まで、この景色を目に焼き付けたくて、硝は会場の隅から隅まで、視線を送って――あることに気づいた。
中央には、硝推しの若い男性。右手には、サキチを応援するこども達。左手には、杏菜をお姉さまと慕う女の子。そして、後方には懐メロに惹かれたおじさま達……。
老若男女が集う、ペッパー&ミントならではの風景。こんな現場、きっとほかにない。
ライブなら、ほかのアイドルグループに入ってもできる。けど、この雰囲気が作れるのは、ペッパー&ミントだけ――。
これが好きだったんだと、ようやく硝は気づいた。
だのに、今日のライブで最後だなんて――。
5
審査会場に入ると、硝たちはゼッケンの番号順に並ぶよう指示された。立ち位置を示すバミリ――テープの目印もなく、参加者たちは戸惑いながらも、なんとなく番号順に並んでいく。
大きめの会議室から、机と椅子を片付けただけのようで、ここに全員入るのかと、硝は少し心配になった。いや、立っているだけなら十分入るだろうけど、五十人でダンスをするには、かなり無理のあるサイズだ。
会場の正面には、長机に数人の大人が座っている。どうやら、彼らが審査員のようだった。
「会場はステージだと思いなさい。部屋に入った瞬間から、審査ははじまってるんだからね」
と、硝は玖理子に教えてもらった。確かに、以前に受けたオーディションでは、審査会場が張り詰めた空気だったのを覚えている。けれど、今日のこの会場は、どこかのんびりとしていて……とても「誰かが選ばれて、誰かが落ちる戦場」には思えなかった。
「では、一曲目スタートします」
スタッフが言うと同時に、曲が流れはじめた。と同時に、会場内のざわめきも静まっていく。
ふわふわした雰囲気ではじまったオーディションだが、ステップを踏むごとに、硝も落ち着いていくのを感じた。
一曲目は、このグループのアンセムとも言える、軽快な曲だった。合格したら、何百回・何千回と踊ることになる。これができていないと、グループの一員にはできない――ということなのだたろうと、硝は理解していた。
このオーディションはかなり特殊で、まずダンス審査があって、その合格者が午後の面接審査に進むというスタイルだった。正直、歌はどうにでもなる。ヘタならマイクの電源を切っておけばいいだけだ。でも、ダンスだけはどうしようもない。
つまり、まずダンスを見るということは、即戦力を探しているという意味になる。玖理子の気合が入るのも当然の話だった。同じアイドル志望として、硝も気合を入れなければいけないところだったが……どこか集中できないでいる。
練習時間が少なかった割には、ダンスの振り付けも、すんなり覚えられたし、いまも間違えずに踊れている。参加者の顔ぶれを見ても有力な子はいないし、自分にもチャンスがあるとわかってはいるけど……硝はなぜか、気分が高まってこない。
もやもやした気持ちのまま、曲が間奏に入った。そこで硝は、ようやく違和感の原因に気づいた。
<MIXがないからだ……>
MIXというのは、曲の前奏や間奏で、ファンが入れるコールのことだ。ペッパー&ミントのライブでも、MIXを入れてくれるお客さんがいる。固定ファンというよりは、冷やかし程度だと思うけれども、ライブを重ねる度に、MIXの声が大きくなっているのは、実感していた。
<MIX……っていうか、お客さんって、大事なんだなぁ>
――そんなことを思いながら踊っていると、右肩に「ゴン!」という衝撃があった。隣の子が左腕を振り上げた拍子に、ぶつかったのだ。踊っている最中は、手がぶつかったり足を踏まれたりということは、よくあることだ。
硝も普段は気にしないのだが、思ったより強く当たったので、ちらっと隣を見てみると――隣の子は、曲調を無視して、激しくダンスしていた。
確かに、激しいダンスがウリの子もいる。たまたま隣がそういう子だったんだろう。
会場が狭いから、多少はぶつかったりすることも予想はしていたけど、もう少し間隔を空けた方がいいかも……と思ったとき、その子と目が合った。
「ぶつかってゴメン」という目ではなく、明らかに硝をニラんでいた。
そのまなざしを見て、硝は思い出した。
この視線だ。これが、キッカケだったんだ――。
硝は、小さい頃から「かわいい」と言われ続けていた。が、硝自身は、「背が低いことをバカにしているんだ」とばっかり思っていた。背の順で並べば、いままで先頭以外になったことがないし、高校生になったいまでも、一五〇センチに届いていない。
どうやらそれが違うようだと気づいたのは、ここ数年のことだ。
ある日、クラスメイトの女子にニラまれて、
「かわいいっていっても、アイドルになるほどじゃないわよね」
と言われたのだ。
その時硝は、ようやく気づいた。「かわいい」は「背が低いことをバカにしている」わけではないことに。そして、「そこまで言うなら、アイドルになってやる」と決めたのだった。
そんなこともあったなぁ……なんて、ぼんやり思っていたら、ターンをしようとしたところで、右足になにかがひっかかった。
あっと声を出す間もなく、硝は床に倒れこむ。
顔を上げると、隣の子はそ知らぬふりをして踊り続けていて……これはわざとだな、と硝は確信した。だからといって、この場でケンカするわけにもいかず――。
あきらめて立ち上がろうとしたそのとき、
「そこ! やる気がないなら帰れ!!」
と、声が飛んだ。
それを聞いて、硝の中の、なにかが切れた。
「はーい」
硝は、手を上げて、元気よく答えた。「48番、野上硝、早退しまーす」
何人かちらっと硝を振り返ったが、そんなことはお構いなく、踊り続ける人並みをすいすいとかき分けて、硝は会場を出て行った。
4
控え室のドアを開けると、むせ返るようなにおいが襲ってきて、硝は眉をしかめた。ありとあらゆる、化粧品のにおいが混ざった「女性の聖域」特有の匂い。何度経験しても、硝はこの匂いが好きになれなかった。
ざっと室内を見渡した硝は、部屋の中央付近に玖理子の姿を見つけ、その横に座った。
「おっはよー」
硝が声をかけると、
「おはよ」
鏡を見たまま、玖理子は答えた。
「めっちゃ気合入ってますね」
「ラストチャンスだからね」
そう言って、玖理子は丁寧にマスカラを塗りつけた。そうとう時間をかけたのか、玖理子のまつ毛は、アニメ絵かのようにくっきり・しっかりと立っている。「昨日まつげエクステをつけ放題でやってきたし、新品のマスカラ下ろしてきたし」
「新品!?」
「これこれ」
ようやく玖理子は硝に顔を向けた。「繊維入りなのにダマにならないの」
硝は、手渡されたマスカラの容器を、まじまじと見つめた。聞いたことないブランドだが、高そうな雰囲気は感じる。
「すご……」
本気度の高さに、硝は鳥肌が立った。
玖理子が「最後のビッグチャンス」と言うのにも、理由があった。
アイドルは中学生・高校生が圧倒的多数だ。当然募集も、その年代が中心になる。八割以上が十八歳未満で、高校を卒業しても応募できるのは数えるほど。二十歳を過ぎれば皆無だ。今回は奇跡的に「二十歳以下」という応募条件だったので、ギリギリ玖理子も応募することができた。
しかも、今回は「近々メジャーデビューするのではないかとウワサされているグループの二期生募集」だ。合格すれば、「メジャデビューしたグループの一員」となるわけだ。
すでにメジャーなグループでも、新規募集はある。が、すでにメジャーなだけに、合格するのは「将来性のある子」だし、そもそも競争率だって高い。それに比べたら、今回のオーディションはメジャーなグループではないから競争率も低いし、年齢条件もゆるい。玖理子にとっては「人生最大にして最後のチャンス」なのだ。
「目指すは、『即戦力として採用』よ」
力強く、玖理子は言った。
グループアイドルの場合、全員でステージに立つということはほとんどない。メンバーの中から、数人が選ばれて、ステージに立つのである。そうすると、「よく出るメンバー」と「あまり出ないメンバー」が出てくる。当然、人気のあるメンバーが、「よく出るメンバー」になる。しかし、いつでも人気のメンバーの都合がつくとは限らない。そうしたときに、穴埋めをするメンバーを「アンダー」と呼ぶ。
アンダーとして選ばれるにも優先順位はある。今回オーディションに合格しても、二期生だから出番は少ないだろうけど、即戦力として判断されれば、二期生内での優先順位は確実に上になる。それが、玖理子の狙いだった。
「ずいぶんいろいろと考えてるんですね」
硝がつぶやくと、
「当たり前じゃない」
玖理子は即答した。「待ってるだけじゃ、チャンスは来ないのよ。特にあたしみたいな年寄りにはね。アンタも、あっという間に年取るんだからね」
そういわれて、硝はドキッとした。
世間だと高校一年生は若い方だが、アイドル業界では決して若くないのだ。今日のオーディションだって、半分は中学生だし、小学生とおぼしき子も結構いる。
「それよりさぁ」
いきなり、玖理子は硝に顔を近づけた。「今回のオーディション、本命がいないと思わない?」
「本命?」
そう言われて、硝はゆっくりと控え室を見回した。
オーディションにはたいてい、「これは合格するだろう」というオーラが出ているような子が、2・3人はいるものだ。しかし、今回はそういう子が見当たらない。アイドルのオーディションだから、かわいい子がほとんどだが、「この子はスターになる」というほどの輝きを感じられる子は、この中にはいなかった。
「言われてみれば確かに」
「なんなら、アンタが一番手よ」
「それはないでしょ」
とりあえずそう返事をしたものの、硝自身も「この中なら、あたしが選ばれても不思議ではない」と思っていた。オーディションを受けに来ているのだから、合格すればうれしい。が、どこかで「それでいいのか」という気持ちもある。
しばらくすると、スタッフが控え室に入ってきた。
「それではダンス審査をはじめますので、ゼッケンをつけて移動してください」
その言葉を聞いて、控え室にいた面々が、だらだらと立ち上がった。
「ま、硝はフツーにかわいいから、どこかに引っかかるだろうけど……今回だけは、抜け駆けしないでよね」
そうつぶやきながら、玖理子も立ち上がった。