金木犀の季節(2)

「出た!」
 テストが終わるなり、ひとみの席にそらが駆け寄ってきた。「ホントに――」
 ひとみはあわてて立ち上がり、そらの手を掴んで、教室の外に連れ出した。
「ちょっとなに!?」
 そらが言うのも無視して、ひとみはずんずん歩いていき――廊下の突き当りまで連れてきたところで、ひとみはようやく、そらの手を離した。
「どうしたの?」
 そらの言葉に、
「ヘンに誤解されて、悪い噂が広まっちゃったらどうするのよ」
 小さな声で、ひとみは言った。
 教室の中で、「ひとみが見たテストの問題が出た」なんて話をしたら、カンニングだの、問題を事前に盗み出しただのと思われてしまう。そんな悪いことをしたかのような噂が広まったら、たまったもんじゃない。
「だって!」
 そらが言った。「ひとみが見た通りの問題が出たんだよ!?」
 大正デモクラシーに、平塚らいてうに、与謝野晶子。
 驚いたことに、ひとみが「見た」と説明した問題が、そのまま問題用紙にプリントされていたのである。そらのテンション上がるのも無理はない。
「そりゃまぁ、そうだけど……」
 確かに、テストの問題を見たときは、ひとみも驚いた。自分が「見た」問題用紙が、そのまま目の前に出てきたのだから。けれども、驚きより「嘘つきにならなくてよかった」という安堵感の方が強かった。
「それよりさ」
 そらは、ひとみに耳打ちした。「次の数I、どんな問題が出るの?」
「知らないってば」
 ひとみは即レス。「さっきのやつしか見えてないもん」
「じゃあ見て」
 そらは、ひとみの手を握って、ぶんぶん振った。「ほら、早く!」
「そんなこと言われても……」
 さっき「なんでテストの問題が見えたのか」がさっぱりわかっていないのだから、それを再現できるわけなんてない。
<でも、今朝はなんであんなものが見えたんだろう?>
 ひとみが今朝のことを思い出そうとしたとき、そらがひとみとは別の方を見た。それにつられて、ひとみが振り返ると――
「あ、近江じゃん」
 自分に向かって歩いてくる男子生徒を見て、ひとみは言った。
「よお」
 軽く手をあげながら、近江はひとみに声をかけた。「日曜のクラス会の話、聞いた?」
「昨日、LINEで回ってきた」
 ひとみが答えた。
 ひとみと近江は、同じ中学出身で、しかも同じクラスだった。実は、先月テーマパークでクラス会をしようと計画していたのだが、台風でテーマパークが休園になってしまい、クラス会も中止になっていたのだ。
「近江は出るの?」
 ひとみが聞くと、
「もちろん」
 と、近江は即答した。「中間テスト明けだし、バーッと騒ぎたいじゃん。大田は?」
 ほんの一瞬だけ躊躇して、
「行くよー」
 ひとみは答えた。
 今朝、「どこか行きたいね」とそらと話していたことが、頭をよぎったのだ。――同じことを思ったのか、そらがひとみになにか言おうとしたころで、廊下の反対側から、教師が向かってくるのが見えた。
「じゃ、日曜な!」
 そう言うと、近江は小走りで自分の教室に向かっていった。

金木犀の季節(1)

「一時間目、なんだっけ?」
 そらが聞くと、
「日本史A」
 うんざりしたように、ひとみが答えた。「いっちゃん、苦手なヤツ」
「あたしも!」
 元気よく返したそらに、
<そんなとこまで、気が合わなくてもいいのに>
 と思ったひとみだったが、口には出さなかった。得意科目と苦手科目が違っていれば、教えあうこともできただろうけど、得意科目と苦手科目が一致していては、それもままならない。
 朝の通学路。ただいま中間テストの真っ最中。
 よく「双子みたいね」と言われることが多いふたりは、一緒に通学するのがルーティーンになっていた。――といっても、駅から高校までの間だけれども。
「えーっと」
 ひとみはスマホを取り出して、テストの予定表を撮した写真を探した。「一時間目が日本史Aで、二時間目が数I、三時間目が現文」
「そう、現文!」
 なにかスイッチが入ったように、そらはまくしたてた。「なんでわざわざ、わかりにくい文章読ませるのよ。もっとわかりやすい文章書けばいいのに」
「ホント、それ!」
 ひとみも大きくうなずいた。――ふたりとも、文系科目は苦手なのだ。「まぁ、今日が終わればお休みだし」
「中間テストだから、テスト休みなしで、月曜からすぐ授業じゃーん」
「一週間でいいから、休みほしいよねー」
「やっぱテーマパークかなぁ。観たい映画もあるし、そろそろ冬服も買いにいきたいし……」
「一週間じゃ足りないじゃん」
「だよね(笑)」
 きれいにオチがついたところで、そらが思い出したように、
「そういえば、風邪の具合、どう?」
 と聞いた。
 昨日LINEで、ひとみが「具合が悪い」と言ってたのが、気になってたのだ。
「熱はないみたいだし、のども平気なんだけど、くしゃみが……」
「ハウスダストとか?」
「掃除はちゃんとやってる。――お母さんが」
「じゃあ、花粉症?」
「いま秋だよ」
「年中何かしらの花粉は飛んでるから、季節は関係ないらしいよ」
「じゃあ、それかなぁ……」
 言ったそばから、ひとみは軽く鼻をすすった。――と同時に、うっすらと甘い香りを感じた。
<これは……金木犀?>
 横を見ると、小学校の柵から、金木犀の花が顔をのぞかせていた。<ひょっとして、コレが原因? でも、金木犀で花粉症なんて聞いたことないし……>
 と思った次の瞬間、ひとみは鼻の奥にむずむずとしたものを感じて、
「くしゅん!」
 大きなくしゃみをした――その時だった。
 ひとみの瞳に、ソレが映った。これはそう――
「テストの問題が見えた」
 と言ったひとみに、
「は?」
 そらが聞き返した。「なにが見えたって?」
「だから、テストの問題が見えたの。いま」
「デジャヴってやつ?」
「それは、『この場面を見たことがある』って勘違いでしょ。そうじゃなくて、ホントにテストの問題が見えたのよ」
「日本史がイヤすぎて、フラッシュバックした?」
「いや、『大正ナントカカントカ』って見えたから、今回のテスト範囲の問題」
 そう言いながら、自分でも不思議なことに、ひとみにはソレが、今日これから受けるであろうテストの問題であるという「妙な自信」があった。
「変なのー」
 あっさり、そらが言った。「ホントにその問題が出たら、ひとみがエスパーってことになるじゃん」
「だよねぇ」
 ひとみは答えた。「エスパーだったら、こんな苦労しないもんね」
 ――と、そのときはひとしきり笑って、話は終わったのだが……。

台風の季節(5)

 ペデストリアンデッキの階段を降りきったところで、征也は足を止めた。ペデストリアンデッキを覆っている屋根はそこまでで、優香のいるであろうインフォメーションセンターまでは、雨の中を歩いていかなければならない。
 征也が立ち止まったのは、雨に濡れたくないからではないことは、康介とまゆみもすぐに理解できた。
 駅前からペデストリアンデッキを歩いている間に、康介とまゆみは、ざっくりといままでのいきさつを聞いていた。
 征也と優香は、お付き合いをしていたこと。
 ささいなケンカをしたこと。
 それ以来、メッセージを既読スルーされていること。
「ぬーたん」は、優香の推しキャラであること。
 たーぬんグッズをコレクションしていること。
 二年前に発売された十周年記念バージョンは、入手できなかったこと。
 仲直りをしようと思って、オークションで入手したこと。
 今日、優香が出勤だということを知って、直接渡しにいこうと思いついたこと。
 でも、直前で怖くなって、ゲートにくくりつけたこと――。
「いってらっしゃい」
 そう言って、康介は征也の背中を叩いた。すると、小さく頷いた征也は、ふたりの方を向いて軽く頭を下げたあと、インフォメーションセンターへ向かって、走っていった。
「大丈夫かなぁ……」
 まゆみが小さい声で言うと、
「さぁ?」
 康介がそっけなく答えた。「どうなるかはわからないけど、少なくともなにもしないより、いい結果になるのは間違いないんじゃない?」
 征也がインフォメーションセンターに入っていったのを確認すると、康介は回れ右をして、階段を登りはじめた。
「ところでさぁ」
 康介に続いて、階段を上がりながら、まゆみが聞いた。「彼に、どんなメッセージ送ったの?」
 まゆみは、征也が現れるかどうか半信半疑だったので、なんで康介は「たぶん来る」と自信を持っていたのか、不思議だったのである。
「――これ」
 康介は、スマホで征也に送ったメッセージを表示させて、まゆみに見せた。

突然のメッセージ失礼します。
あなたが置いてったぬいぐるみを預かっています。
取りに来なかったら、もらっちゃいいますけどいいですか?
そうすると、中に入っていた手紙も私のものってことになりますね。
私のものだから、ネットにさらしても問題ないですよね?

「……サイテー」
 低い声で、まゆみが言った。
「それくらい書かないと、取りに来ないでしょ」 
 そう答えて、康介はスマホを取り返そうとした――が、まゆみがスマホを放さない。「どうかした?」
「あれ見て!」
 まゆみは、康介とはまったく別の方向を見ていた。康介が、その先に視線を向けると、そこには……ブーツが一足、あった。
 階段の最上段に、きちんと揃えて、ブーツが置いてある。見た限りでは、雨に濡れてはいなさそうだ。
「なんでこんなところに……ちょっと!」
 なにか言いたそうなまゆみの手首をつかんで、康介は駅へ向かって走り出した。

Fin.

台風の季節(4)

「ホントにくるのかな?」
 ぬいぐるみの入った大きなビニール袋を抱えたまゆみが尋ねると、
「たぶんね」
 スマホを見たまま、康介が答えた。「当たっていれば、だけど」
 駅前のコンコースにいるのは、康介とまゆみのふたりだけだった。高架の下だから、雨はしのげるけれども、テーマパークの玄関口らしく華やかな雰囲気を演出するためか、広い空間が確保されており、そこを時折、強い風が吹き抜ける。
 臨時休園という情報が行き届いていたのか、いつもは待ち合わせの人であふれているであろうコンコースも人影はなく――ふたりは大きな柱に背を預けて、来るかどうか定かではない「犯人」を待っていた。
 たいぐるみと一緒に入っていた、手紙を発見したことで、ふたりはピンときた。あのお姉さん――優香は、この手紙を見つけたから、態度を変えたのだ、と。
 コレを預かれないのだとしたら最初からそう言うハズだし、預かれるのだとしたら、それは手紙が入っていようといまいと、関係ない話だ。つまり、「手紙を見つけたから、預かれないと言い出した」ことになる。
 その手紙には、宛名がなかった。中には書いてあるのかもしれないけど、少なくとも外から見えない。それなのに、手紙に気付いたところで、優香は態度を変えた。ということはつまり、その手紙が自分宛のものだと理解し、受け取りたくないから、とっさに「園内ではないから、警察に」という言い訳を考えた――ということなら、辻褄は合う。
「じゃあ、『これを置いたのは誰か』ってことが問題よね」
 まゆみの言葉に、
「検索するか」
 康介は答えた。
 中身であるぬいぐるみは「二年前に販売された十周年記念バージョンのぬーたん」だ。それがいまも新品のまま店頭で販売されているとは思えない。ということは、中古で購入したか個人売買で入手したか、だ。それなら、ネットで購入した可能性が高い。ネットで購入したのなら、その痕跡が残っているかもしれない。
 そして、そこまでして入手したのならば、SNSのどこかに、「入手できた」と投稿している確率は高い。つまり、そのふたつの情報を組み合わせれば、本人を特定できることになる。
 まゆみと康介は、手分けをして検索することにした。
 メルカリのヘビーユーザーであるまゆみは出品履歴検索を担当し、康介はSNSの書き込み検索を担当。
 康介はまず、「十周年記念バージョン ぬーたん 優香」で検索してみたがヒットせず。いきなり壁にぶつかったが、「優香じゃなくて、あだ名で書き込んでるんじゃない?」とまゆみが言うので、「優香 あだ名」であだ名を検索。「ゆうたん」「ゆうたろう」「ゆうかりん」「ゆっちゃん」「ゆーか」などをピックアップ。「優香」の替わりに、そのあだ名をあてはめて検索したところ、いくつかの書き込みがヒット。
 その中で「本人が買ったものではない」「まだ渡してない」「比較的最近」の条件に合った書き込みの日付と、まゆみの検索した出品履歴に記入されている落札日付を照合。アカウントの文字を比較して、「おそらく同一人物だろう」と推測した相手に、ダイレクトメッセージを送った――のが、一時間三〇分前。
「さっきのお店で待ち合わせってことにした方がよかったんじゃない?」
 しびれを切らしたのか、まゆみがそう言った。
「そんな遠くには行ってないだろうから、すぐに来ると思ったんだけどなぁ」
 そう答えて、康介はスマホに指を滑らせた。
 ――まだ、返信は届いていない。
「返信して」とは送ってないから、返信がくるとは限らない。むしろ、返信せずに直接来るだろうな……と康介は思っていた。
 康介が見つけたのは、こんな書き込みだった。

ゆーかの欲しがってた十周年記念バージョンのぬーたん、見つけた。
これで仲直りできるかな…

 このぬいぐるみが「仲直りのプレゼント」なら、直接渡そうとするハズだ。でも、そうしなかった。今日、ここまで来て――しかも、優香が今日勤務しているという確信して、今日を選んだのだろうに。
 なにがあったかはわからないけど、迷っているというのは、想像できる。
 だから、戻ってくるにしても、どうしようか迷うだろうから、返信はないんじゃないか……と、康介は思ったのだ。
 ゴゴゴゴゴ…。
 コンコースに、高架を走る電車の音が響いて――止まった。
「今度は乗ってるかな」
 まゆみが言ったとき、改札の向こうに、パラパラと階段を降りてくる客が見えた。――その中からひとり、小走りでこっちに向かってくる姿があった。
 かなりガタイはいいけど、気の優しそうな好青年――と、康介は感じた。
「DMくれた人ですね?」
 彼――征也は、康介に話しかけたあと、まゆみのかかえている「ビニール袋」をちらっと見て、「確かにボクのです。預かってくれてありがとうございます」
 そう言うと、まゆみの腕からぬいぐるみの入ったビニール袋を奪いとると、ふたりに背を向けた。すると、
「ちょっと!」
 コンコースに、まゆみの声が響き渡った。「このまま帰るつもり?」
 征也は足を止めると、ゆっくり振り返った。

台風の季節(3)

「なんかおかしいと思わない!?」
 席に座るないなや、まゆみがまくしたてた。
 ここは、駅前のファーストフード店。お姉さんに「警察の方に届けてください」と言われ、駅前まで戻ったものの、交番に行く前にひと息つこう……ということになったのである。
「おかしいって、なにが?」
 コーヒーに砂糖とミルクをいれながら、康介が聞き返した。「おかしい」どころか、「さすがのおもてなしだ」と感動さえしていたからである。
「なにがって……あ、これおいしい」
 ハンバーガーにかぶりつきながら、まゆみが答えた。
<しゃべるか食べるか、どっちかにすればいいのに>
 と康介は思ったものの、あえて口には出さない。言ったところで、聞きやしないのは三年の付き合いでよくわかっている。
「さっきのお姉さんよ。途中から、態度変わったじゃない」
 そう言うと、まゆみはコーヒーをすすった。「どうせ、胸しか見てなかったんでしょ」
「ちゃんと名札も見てたって」
 康介が、とっさにそう言い返すと、
「ほーら、やっぱり見てたんじゃない。これだから――」
 まゆみの声を聞き流しながら、康介はさっき対応してくれたお姉さんの姿を思い出していた。
 確かに、まゆみの言うように、お姉さんの胸元を見ていたのは間違いない。が、それはいたしかたのないことだった。
 小柄で細身の体格と、それに似つかわしくないほどの存在感のある「物体」が、胸元にあったのだ。ついそれを見てしまうのは、男性の――いや、女性であっても、視線を送ってしまうほどの迫力だった。
 が、それを悟られるとあとであーだこーだと、まゆみに言われるに違いないと感じた康介は、〇・一秒で導き出した答えが、「名札を見ていた」という言い訳だったのである。
 止まらないまゆみの攻撃に耐えつつ、康介はその「名札」を思い出そうとした。――「名札を見ていた」という言い訳までは覚えていたのだけれども、肝心の名前が思い出せない。
 このままじゃあ、言い訳にすらならない――。
 康介は、なにかヒントはないかと、知り合いやアイドルの名前を思い浮かべた。近い名前が出てきたら、思い出せるかもしれない。――そんな無言の検索をすること数秒。
「あ! 『優香』だ!!」
 康介は思わず叫んだ。その途端、店内にいた数人の視線が集まってしまったので、そこから先は、小声で続けた。「やさしい人は、名前も優しいんだなって、思ったんだから」
「そう、そこよ!」
 と言って、まゆみは身を乗り出してきた。――てっきり「そんなくだらない言い訳を」とか、言い返されるもんだとばっかり思っていた康介は、面食らった。が、そんなことを気にせず、まゆみが続ける。
「ずっとやさしく対応してくれてたお姉さんが、突然『警察に持っていけ』だなんて冷たい対応するなんて、どう見てもおかしいでしょ?」
「でもなぁ」
 康介が反論。「そういうルールだっていうんだから、仕方ないんじゃない?」
「なに言ってんの。そういうルールだったら、まず最初に『どこで見つけたか』を確認するはずでしょ」
「なるほど、そりゃそうだ」
 そう言いながら、康介はしなしなになったポテトを1本、口に運んだ。
 それにしても……と、康介は思う。
 お姉さん――優香さんが、途中でで態度を変えたとしても、だ。それにはなにかの「きっかけ」があるハズだ。
 さっきのやりとりを、康介はじっくりと思い返した。
 バスタオルを持ってきてもらって、袋の中身を見もせず言い当てて……その直後だ。「警察に届けて」と言われたのは。ということは、「このぬいぐるみそのものがきっかけ」ってことだ。
「このぬいぐるみの中身がわかったから態度を変えたってことは、なにかイヤな思い出でもあったのかな?」
 康介が言うと、
「イヤな思い出……この子の着ぐるみに入ってたのが、元カレとか?」
 そう言って、まゆみはコーヒーをすすった。「そんな個人的理由で、こんなことするかなぁ」
 それが最後の一口だったのか、まゆみはカップを二・三回ゆすると、そのままトレーに乗せて、カップを折りたたみかけた。「ゴミはできるだけ小さくする」がクセなのだ。
 それを見た康介が、
「コーヒーおかわり自由って、さっき貼り紙あったよ」
 と言うと、
「え?」
 まゆみは手を止めた。「気が付かなかったわぁ。そういうのは、早く言ってよね」
 折り曲がったコップを丁寧に復元し、おかわりをもらおうと立ち上がった――ところで、まゆみが動きを止めた。
「どうした?」
 康介が声をかけると、
「あのお姉さんは、なにかに気付いたのよ」
 言うが早いか、まゆみはとなりの席に座らせていたぬいぐるみをまさぐりだした。
<はたから見たら、不審者だよなぁ……>
 と康介が思ったとのとき、
「これだ!」
 まゆみが叫んだ。「手紙が入ってる!」