北風の季節(4)

4 洋子・1992

 クリスマスを二週間後に控えた表参道は、想像していた以上にキラキラしていた。平日の昼間で、薄曇りでかなり冷え込んできているというのに、狭くないはずの歩道に人があふれている。これが夜なら、ましてや一週間後、二週間後ならどんな状態になってしまうんだろうと思うと、ボクはちょっとげんなりした。
 邪魔にならなそうなところにカプチーノを止めると、ボクは素早くクルマから降りた。洋子がドアの開け方に戸惑っているようなので、助手席側に回り込んで、ドアを開けてあげる。
「うわあ、寒ぅい」
 洋子はそう言いながら、手のひらに息を吹きかけた。「屋根開けなくて、よかったですねー」
「うん、そうだね」
 ボクは肯いた。
『買い物につきあってくれない?』
 そう言ったのは、律子だった。たまたまバイトの休みと重なっていたので「いいよ」と返事をしたのだが、待ち合わせ場所にいたのは、洋子の方だった。話を聞いてみると、洋子も律子と買い物に出かける約束をしていたらしい。
 三人で出かけるつもりだったのかもしれないが、幸か不幸かボクのクルマは二人乗りで、律子を待っていても、乗るスペースはない。だからボクは、
「とりあえず、買い物だけ済ませてきちゃおうか?」
 と提案したのだった。
 走りながら、これが律子の悪巧みであると、ボクは確信していた。そりゃあ、洋子とのドライブがうれしくないと言ったらウソになるけど、こういう形でというのは、ちょっと複雑な気分だ。
 それからボクと洋子は、いくつかのお店を回った。と言っても、洋子はおおよその目星をつけていたようで、あとは買うかどうか決断するだけのようだった。
「なに迷ってるの?」
 ボクが聞くと、洋子はイヤリングを手に取ったまま、
「あたし、迷いだすと止まらないんですよー」
 いつになく真剣な声で言った。
 手にとっているのは、少し大柄なイヤリングだった。
「似合うと思うけどな、それ」
 ボクは言った。そのイヤリングは、大柄だったけど派手感じはなく、洋子には似合いそうなものだった。
「そうなのかなぁ。でも、俊夫さんが言うなら……」
 それでも決めかねている洋子に、ボクは言った。
「お金のことなら……少し手伝おうか?」
「いや、お金とかは大丈夫なんですけど……それより、申し訳ないです」
 『申し訳ない』の意味がわからなくて、ボクは聞き返した。
「え、申し訳ないってなにが?」
「だって、りっちゃんと俊夫さん、付き合ってるんでしょ?」
 は……はぁ!?
 なんでここに律子の話が出てくるのかわからないし、それに、ボクと律子が付き合ってるって、なにをどう勘違いすれば、そうなるんだ?
 呆然としているボクをどう勘違いしたのか、洋子は、
「それに、お金はちゃんともってきてるし、あたしとノリちゃんからのお誕生日プレゼントだから、俊夫さんに出してもらうわけにはいかないし……だから、俊夫さんは、ちゃんとりっちゃんにプレゼント買ってあげてくださいね」
 それだけ言うと、手に持っていたイヤリングを包んでもらった。
 帰りのクルマの中で話を聞いたところによると、こういうことだった。
 律子の誕生日プレゼントを買うものをリサーチするため、「ノリちゃん」と一緒に出かけようと誘っていたのに、律子がことごとく断っていたのだという。はじめて洋子に会った日、律子と洋子がもめていたのは、そのことだったらしい。それで今日、うまく誘いだすことができたと思ったら、また律子にすっぽかされてしまった。でもとりあえず、ボクの意見を聞けば、間違いないと思って(なんせ、洋子の中では、ボクと律子が付き合っていることになっているから)、今日買ってしまうことにしたのだという。
 ボクと律子が付き合っているという間違いに関しては、何度も強く否定した。でも、そのたびに洋子は、
「なにいまさら照れてるんですかー。ちゃんとわかってるんですよー」
 とか、
「学校で会うと、いつもりっちゃんと俊夫さんが一緒にいるんだから、モロバレですよー」
 と言って、信じてくれない。確かに、律子とボクは、一緒にいる時間は増えた、と思う。でもそれは、まったく別の理由だとは思っていないようだった。
 そうして誤解が解けぬまま、洋子の家の最寄り駅まできてしまった。
 カプチーノを駅前のロータリーに止めると、それには律子が待っていた。横には、いかにも体育会系なオトコが立っている。
 なんだ、律子にはちゃんと彼氏が――。
 そう言おうとしたら、洋子はもうドアを開けて、二人に駆け寄っていた。
「あれぇ、ノリちゃんとりっちゃん、二人そろってなにしてるの?」
 洋子は、二人に……主にオトコの方を向いて、そう言った。
 するとなにか?
 「ノリちゃん」ってのは、あのオトコのこと!?
 軽いパニック状態のまま、軽く挨拶を交わすと、洋子は買ってきた包みを律子に渡して、
「はい、あたしとノリちゃんからのお誕生日プレゼント。結局、俊夫さんに選んでもらっちゃった」
 それだけ言って、「ノリちゃん」とどこかへ出かけてしまい……駅前には、ボクと律子だけが取り残されてしまった。
「あの……事情、説明してもらえるかな」
 律子に向かってボクが言うと、
「いいけど……せっかくだから、走りながら話さない?」
 そう言って、律子はカプチーノの助手席に乗り込んだ。「アンタの買ったの、オープンカーじゃなかったっけ?」
 ……説明するのもちょっと面倒なので、とりあえず三分割ルーフのうち、左右の二枚を外して、常備しているバスタオルにくるんでトランクに入れた。専用のルーフ収容袋もあるんだけど、面倒なんで手早く済ますときは、バスタオルを使っているんだ。そうしてTバールーフ状態にしてから、ボクはカプチーノを発進させた。
 目ざとくパワーウィンドウのスイッチを見つけた律子は、なにも言わずに窓を全開にした。ごぉごぉと音を立てて、北風が室内に充満する。カプチーノは、フルオープン状態にするより、この状態の方が、風の巻き込みがキツい。あっというまに、狭いカプチーノは、冷蔵庫状態になってしまう。
 暖房をフルパワーにしつつ、ボクは律子がしゃべりはじめるのを待った。

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