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「一時間目、なんだっけ?」
そらが聞くと、
「日本史A」
うんざりしたように、ひとみが答えた。「いっちゃん、苦手なヤツ」
「あたしも!」
元気よく返したそらに、
<そんなとこまで、気が合わなくてもいいのに>
と思ったひとみだったが、口には出さなかった。得意科目と苦手科目が違っていれば、教えあうこともできただろうけど、得意科目と苦手科目が一致していては、それもままならない。
朝の通学路。ただいま中間テストの真っ最中。
よく「双子みたいね」と言われることが多いふたりは、一緒に通学するのがルーティーンになっていた。――といっても、駅から高校までの間だけれども。
「えーっと」
ひとみはスマホを取り出して、テストの予定表を撮した写真を探した。「一時間目が日本史Aで、二時間目が数I、三時間目が現文」
「そう、現文!」
なにかスイッチが入ったように、そらはまくしたてた。「なんでわざわざ、わかりにくい文章読ませるのよ。もっとわかりやすい文章書けばいいのに」
「ホント、それ!」
ひとみも大きくうなずいた。――ふたりとも、文系科目は苦手なのだ。「まぁ、今日が終わればお休みだし」
「中間テストだから、テスト休みなしで、月曜からすぐ授業じゃーん」
「一週間でいいから、休みほしいよねー」
「やっぱテーマパークかなぁ。観たい映画もあるし、そろそろ冬服も買いにいきたいし……」
「一週間じゃ足りないじゃん」
「だよね(笑)」
きれいにオチがついたところで、そらが思い出したように、
「そういえば、風邪の具合、どう?」
と聞いた。
昨日LINEで、ひとみが「具合が悪い」と言ってたのが、気になってたのだ。
「熱はないみたいだし、のども平気なんだけど、くしゃみが……」
「ハウスダストとか?」
「掃除はちゃんとやってる。――お母さんが」
「じゃあ、花粉症?」
「いま秋だよ」
「年中何かしらの花粉は飛んでるから、季節は関係ないらしいよ」
「じゃあ、それかなぁ……」
言ったそばから、ひとみは軽く鼻をすすった。――と同時に、うっすらと甘い香りを感じた。
<これは……金木犀?>
横を見ると、小学校の柵から、金木犀の花が顔をのぞかせていた。<ひょっとして、コレが原因? でも、金木犀で花粉症なんて聞いたことないし……>
と思った次の瞬間、ひとみは鼻の奥にむずむずとしたものを感じて、
「くしゅん!」
大きなくしゃみをした――その時だった。
ひとみの瞳に、ソレが映った。これはそう――
「テストの問題が見えた」
と言ったひとみに、
「は?」
そらが聞き返した。「なにが見えたって?」
「だから、テストの問題が見えたの。いま」
「デジャヴってやつ?」
「それは、『この場面を見たことがある』って勘違いでしょ。そうじゃなくて、ホントにテストの問題が見えたのよ」
「日本史がイヤすぎて、フラッシュバックした?」
「いや、『大正ナントカカントカ』って見えたから、今回のテスト範囲の問題」
そう言いながら、自分でも不思議なことに、ひとみにはソレが、今日これから受けるであろうテストの問題であるという「妙な自信」があった。
「変なのー」
あっさり、そらが言った。「ホントにその問題が出たら、ひとみがエスパーってことになるじゃん」
「だよねぇ」
ひとみは答えた。「エスパーだったら、こんな苦労しないもんね」
――と、そのときはひとしきり笑って、話は終わったのだが……。