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「なんかおかしいと思わない!?」
席に座るないなや、まゆみがまくしたてた。
ここは、駅前のファーストフード店。お姉さんに「警察の方に届けてください」と言われ、駅前まで戻ったものの、交番に行く前にひと息つこう……ということになったのである。
「おかしいって、なにが?」
コーヒーに砂糖とミルクをいれながら、康介が聞き返した。「おかしい」どころか、「さすがのおもてなしだ」と感動さえしていたからである。
「なにがって……あ、これおいしい」
ハンバーガーにかぶりつきながら、まゆみが答えた。
<しゃべるか食べるか、どっちかにすればいいのに>
と康介は思ったものの、あえて口には出さない。言ったところで、聞きやしないのは三年の付き合いでよくわかっている。
「さっきのお姉さんよ。途中から、態度変わったじゃない」
そう言うと、まゆみはコーヒーをすすった。「どうせ、胸しか見てなかったんでしょ」
「ちゃんと名札も見てたって」
康介が、とっさにそう言い返すと、
「ほーら、やっぱり見てたんじゃない。これだから――」
まゆみの声を聞き流しながら、康介はさっき対応してくれたお姉さんの姿を思い出していた。
確かに、まゆみの言うように、お姉さんの胸元を見ていたのは間違いない。が、それはいたしかたのないことだった。
小柄で細身の体格と、それに似つかわしくないほどの存在感のある「物体」が、胸元にあったのだ。ついそれを見てしまうのは、男性の――いや、女性であっても、視線を送ってしまうほどの迫力だった。
が、それを悟られるとあとであーだこーだと、まゆみに言われるに違いないと感じた康介は、〇・一秒で導き出した答えが、「名札を見ていた」という言い訳だったのである。
止まらないまゆみの攻撃に耐えつつ、康介はその「名札」を思い出そうとした。――「名札を見ていた」という言い訳までは覚えていたのだけれども、肝心の名前が思い出せない。
このままじゃあ、言い訳にすらならない――。
康介は、なにかヒントはないかと、知り合いやアイドルの名前を思い浮かべた。近い名前が出てきたら、思い出せるかもしれない。――そんな無言の検索をすること数秒。
「あ! 『優香』だ!!」
康介は思わず叫んだ。その途端、店内にいた数人の視線が集まってしまったので、そこから先は、小声で続けた。「やさしい人は、名前も優しいんだなって、思ったんだから」
「そう、そこよ!」
と言って、まゆみは身を乗り出してきた。――てっきり「そんなくだらない言い訳を」とか、言い返されるもんだとばっかり思っていた康介は、面食らった。が、そんなことを気にせず、まゆみが続ける。
「ずっとやさしく対応してくれてたお姉さんが、突然『警察に持っていけ』だなんて冷たい対応するなんて、どう見てもおかしいでしょ?」
「でもなぁ」
康介が反論。「そういうルールだっていうんだから、仕方ないんじゃない?」
「なに言ってんの。そういうルールだったら、まず最初に『どこで見つけたか』を確認するはずでしょ」
「なるほど、そりゃそうだ」
そう言いながら、康介はしなしなになったポテトを1本、口に運んだ。
それにしても……と、康介は思う。
お姉さん――優香さんが、途中でで態度を変えたとしても、だ。それにはなにかの「きっかけ」があるハズだ。
さっきのやりとりを、康介はじっくりと思い返した。
バスタオルを持ってきてもらって、袋の中身を見もせず言い当てて……その直後だ。「警察に届けて」と言われたのは。ということは、「このぬいぐるみそのものがきっかけ」ってことだ。
「このぬいぐるみの中身がわかったから態度を変えたってことは、なにかイヤな思い出でもあったのかな?」
康介が言うと、
「イヤな思い出……この子の着ぐるみに入ってたのが、元カレとか?」
そう言って、まゆみはコーヒーをすすった。「そんな個人的理由で、こんなことするかなぁ」
それが最後の一口だったのか、まゆみはカップを二・三回ゆすると、そのままトレーに乗せて、カップを折りたたみかけた。「ゴミはできるだけ小さくする」がクセなのだ。
それを見た康介が、
「コーヒーおかわり自由って、さっき貼り紙あったよ」
と言うと、
「え?」
まゆみは手を止めた。「気が付かなかったわぁ。そういうのは、早く言ってよね」
折り曲がったコップを丁寧に復元し、おかわりをもらおうと立ち上がった――ところで、まゆみが動きを止めた。
「どうした?」
康介が声をかけると、
「あのお姉さんは、なにかに気付いたのよ」
言うが早いか、まゆみはとなりの席に座らせていたぬいぐるみをまさぐりだした。
<はたから見たら、不審者だよなぁ……>
と康介が思ったとのとき、
「これだ!」
まゆみが叫んだ。「手紙が入ってる!」