Avenue.1-1

一番街 サンバな朝はローズマリー
もしくは「ボクらの街の仁義なき戦い」の巻

 1

 会議はまもなく五時間になろうとしていた。両陣営の主張は、もはや相手のこき下ろしのみとなり、いつ大乱闘に発展してもおかしくない雰囲気だった。
 争点は、そんなに多くないハズだった。費用と効果――それにより、簡単に結論は出るものと思われていた。が、A陣営・B陣営双方とも甲乙つけがたく、延々あーでもないこーでもないと、不毛な議論を続け、まもなくタイムリミットの十時を迎えようとしていた。十時には、この会議室を出なくてはならない。
 そもそもこの会議室は、自分たち――かたひら駅前再開発組合の所有物ではあるのだが、居住棟があるという理由で、「会議室の使用は午後十時まで」という市からの要望があり、そういうルールになってしまったのだ。組合の出資者でもあり、現在でも有力な店子でもある市にそんなことを言われたら、断りようがない。
 カチッ。
 時計の長針が、またひとつ動いた。タイムリミットまで、あと三分。
 すでに五回も、「結論はまた次回に」と持ち越しているし、今日こそはなんとしても結論を出さねば――という空気は、その場にいる全員が理解していた。
 残る手段は、多数決なのだが……両陣営のメンバーは、どちらも七人ずつ。唯一、どちらにも属していないのは、理事長の吉田山三郎だけだった。
「理事長」
 副理事長の逢坂剛志が、声をかけた。「そろそろ、ご決断を……」
 言われたものの、吉田山は腕を組んだままだった。
 どちらの言い分もよくわかるからこそ、吉田山はどちらとも決めかねているのだった。
 駅前の小規模な商店街が、再開発事業でいまのショッピングセンター兼マンションに建て替えられたのが三年前。当初は賑わっていたショッピングセンターも、次第に客足は落ち、常に数店舗は閉まっている状態。全部埋まっていたはずのマンション部分も、ぽつぽつと空きが出はじめている。
 もちろん、ただ手をこまねいていたわけではなかった。セールやイベントをしかけたり、チラシの量を増やしたり。しかし、劇的な効果はあらわれず、「起死回生となるような事業を」ということで、全会一致となったのだ。なったのだが……。
 その事業をめぐり、理事会は二分されてしまったのだ。
 その二分のされ方が問題だと、吉田山もよく理解していた。
 再開発によってできたショッピングセンター『かたひらアベニュー』には、元から駅前商店街に軒を連ねていた商店が、ほぼそのまま入っている。が、その商店だけでは店舗が埋まったわけではなく……というより、事業資金捻出のために、新規出店を募集したのだ。
 さいわい、新規枠を無事に埋まった。しかし、そこで生まれてしまったのが、「旧商店街組」と「新規出店組」の対立だった。つまり、今回のゴタゴタは、単なる企画をめぐる争いを越えて、両陣営の「遺恨の戦い」でもあるのだ。
「起死回生の事業」であれば、予算の規模はいままでとは桁違いになる。失敗は許されないし、成功のためには、一枚岩になる必要がある。しかし、どちらかに決めてしまえば、それがまた新たなしこりとなる――。
 それが痛いほどわかるからこそ、吉田山は決められないのだった。こうなったら多数決で決めるしかない。両陣営が同人数ということはつまり、吉田山の決断が、そのまま理事会の決断となる。
 カチッ。
 十時まで、あと一分。
 吉田山は、さっき見かけた警備員の顔を思い浮かべた。時間になったら、すぐに警備員がやってきて、追い出されるのはわかっている。ウチの警備員は、仕事熱心だし……特に、今日の担当は、融通の効かないことで有名な麻生だ。
「……よし」
 吉田山は、ようやく腕組みを解いた。――ここまできたら、ほかに方法が、ないのだ。
 一斉に静まり返り、参加者の視線が、吉田山に集まる。
「決めました」
 吉田山は、言った。「どっちもやりましょう」
「はぁ?」
「それってどういう……」
「ちょっと待って下さいよ!」
 怒号が飛び交う中、ゴンゴンとドアをノックする音がした。
「時間ですから、出てください!」
 警備員の声により、うやむやのまま、理事会は閉会した。

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