Avenue.1-4

「はい、みなさんこんばんは! ペッパー&ミントのミント担当、野上硝です♪」
 いかにもアイドルらしい笑顔を振りまきながら、硝が元気よく話しはじめた。
「ペッパー&ミントの白コショウ担当、伊丹杏菜です」
 あくまでクールに、杏菜が続いた。
「ペッパー&ミントの黒コショウ担当、川野咲紀です……」
 不機嫌そうな声で、咲紀が言った。「それにしても、『黒コショウ担当』って、ちょっとひどくない?」
「だって、咲紀ちゃんは地黒だし」
 と、硝。さらに、
「なにも黒コショウになれって言ってるわけじゃないし」
 と杏菜が続ければ、
「どうせなら、もうちょっとかわいいのがよかったな」
 咲紀がさらに反論。「たとえば――」
 そんな感じで、番組ははじまった。素人とは思えないなかなか軽快なトークに、三人の向かいに座っている茶月はにんまりとする。
 ここは、レッスン場兼更衣室兼会議室として使われている倉庫だ。その一角に、スタジオが設けられていた。スタジオといっても、テーブルと人数分の椅子、安物のマイク、そして三人の正面にノートパソコンが一台。これが、スタジオの全容だった。
 茶月の言っていた「番組」のために用意されたのが、このスタジオだ。最初三人は、テレビとかラジオの番組を思い描いていたのだが、実際にはじまったのは、ユーストリームでの配信だった。ユーストリームなら、それこそスマートフォン一台でもなんとかなる。そこで、あちこちから機材をかき集めて、このスタジオもどきがでっちあげられたのである。実際、三人が使っているマイクは、旧商店街組のおじさんたちが所有しているパソコンから、使っていないおまけのマイクを没収したものだ。
 そんな「スタジオ」から毎日、三人――ご当地アイドル「ペッパー&ミント」の番組を放送することになった。ライバルである新規出店組は「ゆるキャラ」だ。ゆるキャラに使う着ぐるみは、制作に時間がかかる。ならば、その間に「ペッパー&ミント」側は動き出してしまおう、という作戦になったのだ。どちらもやるなら、これは勝負だ。勝負は先手必勝――ということらしい。
「とにかくすぐにできる」を検討した中から生まれたのが、このユーストリームでの番組配信だった。
 当初茶月は、「毎日一時間、三人揃って生放送」を主張していたのだが、「本業のバイトもあるし、そもそもド素人が毎日一時間は無理!」と三人が強硬に反対し、結局「三人が日替わりで、三十分の生放送」ということに落ち着いたのである。
 妥協の産物で生まれたこの放送だが、これが意外とうまくハマった。各曜日ごとに一人あるいは二人が担当するのだが、組み合わせごとに番組内容が変わるので、それぞれのキャラクターが明確に伝わったのである。
 たとえば、火曜日は杏菜ひとりで担当する「人生相談の日」だが、メールやコメントで寄せられた相談に杏菜が一言でバッサリ切ることで、クールなイメージが明確になったし、木曜日の硝と咲紀の組み合わせでは、「硝が咲紀に、イマドキ女子についてレクチャー」という内容にしたことで、咲紀のおばちゃんキャラと硝の王道アイドルキャラができあがった。
 当初は一桁の視聴者数だったが、すぐに二桁に乗り、一週間後には三桁になる時間も出てきた。もともと「二週間は練習のつもり」と割りきっていた茶月にとって、これはうれしい誤算ともいえた。
 うれしい誤算といえば、たまたま集まった三人だが、咲紀がボケて、硝がツッコんで、杏菜がフォローする……と、うまい具合に役割分担ができたことだ。役割分担ができれば、話の掛け合いがスムーズに進む。誰かが決めたキャラクターではなく、もともと持っていたものだから、未経験者の三人でもすぐに放送というスタイルに馴染めた。それどころか、先週の土曜には、話が弾みすぎて、予定時間をオーバーしてしまったほどである。
 そして今日は、放送二十回目。三人が揃って放送するのは三回目だが、結成して一ヶ月も経っていないとは思えないほどのスムーズさで、トークが進んでいた。もちろん台本は渡してあるが、ド素人がそれを頼りにするとかえってギクシャクしてしまうので、ある程度の流れを書いたものに留めている。そのおかげで、三人はのびのびとてきててるのだが、そろそろしっかりとした構成台本を作った方がいいかなと、茶月は思い始めた。
 来週の日曜、「ペッパー&ミント」のお披露目イベントがある。そもそもこの放送は、そうしたイベントの告知が目的のひとつでもある。だから、告知はちゃんとしてもらわないと困るのだ。
 しようがないなぁ――と、茶月は小型のホワイトボードを手にとった。「来週のイベントの話をして!」と書きかけたところで、突然「ドン!」とドアが乱暴に開く音がした。音に驚いて、三人のトークが止まる。
 茶月が音がした方を振り返ると、そこには黒尽くめのあやしいキャラクターが立っていた。
 顔を見ると、キリッとしたつり目がついているから、どうやらカラスをイメージしたんだろうなということはかろうじてわかるが、くちばしがしなっとしていてだらしない。全身は、手芸屋で調達してきた黒い布をやっつけ仕事でポンチョにしただけで、鳥のイメージはまったくない。しかも、袖から出ている白手袋は、こっけいですらある。
 そのキャラクターは、ずかずかと放送中の三人に近づくと、なにかしゃべりはじめた――様子だったが、まったく声が聞こえない。
 ポカーンといる三人に気づいたのか、そのキャラクターは、一番手前に座っていた咲紀に、一枚の紙を手渡した。
「え、これを読めばいいの?」
 咲紀の言葉に、黒尽くめのキャラクターが、大きくうなずく。「『ぐへへへ、オレ様は腹クロ兵。かたひらアベニューのゆるキャラだ。今日からこの番組はオレ様が乗っ取った!』……こんな感じでいい?」
 咲紀の思いっ切り低くした声色が気に入ったようで、そのキャラクター――腹クロ兵は、何度も大きくうなずいた。
 それを聞いた硝が、
「自分でゆるキャラって言っちゃダメじゃん」
 と、笑い出した。それを見て、腹クロ兵が手をぶんぶん振り回す。
「『なんだと、バカにするな! オレ様は本気だぞ!』」
 咲紀が、アドリブでセリフをつけると、それを聞いてまた硝が大笑いした。
<新規出店組のゆるキャラが殴り込みか……>
 茶月の耳にも、そろそろゆるキャラができるらしい、というウワサは届いていたけど、まさかこちらに乱入するとは思ってもみなかった。
 見ている分にはおもしろいけど、かと言ってこのまま放置するわけにもいかないし――。
 しばらく考えて、「咲紀に『覚えておけよ、また明日くるからな!』ってセリフを言ってもらって、出て行ってくれればそれでいいし、ダメならわたしが引っ張りだすか……」という方針を決めた茶月は、咲紀のセリフを紙に書き始めた、そのときだった。
 いままで端に座っていた杏菜が、すっとカメラ(といっても、パソコン用の小さいやつ)の前に出てきた。
 なにごとかと、腹クロ兵が振り向いたその瞬間、
「邪魔しないでよっ!」
 そう言ったかと思うと、杏菜は見事な回し蹴りを、腹クロ兵の脇腹にきめた。
「ぐえっ」というかすかなうめき声と、「パキッ!」というなにかが折れる音が聞こえたところで、その日の配信は、突然終了した。

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