Avenue.1-5

「なんか、すごいことになってるね」
 ステージの裏についた硝は、会場から聞こえてくるざわめきに、杏菜と顔を見合わせた。
 七月最後の日曜日。「ペッパー&ミント」のお披露目会場となった、かたひらアベニューのイベントスペースには、三〇〇人以上の観客がつめかけていた。
 きっかけは、一週間前の「腹クロ兵ユーストリーム乱入事件」だった。そのときの視聴者数は一〇〇人程度だったのだが、それを録画した模様が動画サイトに転載され、それを見たユーザーが、
「アイドルがゆるキャラを暴行!!」
「これはマジでやばいw」
「放送事故キター」
 などと拡散されたのだ。その結果、動画の再生回数は一万回を越え、かたひらアベニューのフェイスブックページの「いいね!」は、二〇〇から三〇〇〇に急上昇、ツイッターのフォロワー数も五〇〇〇を超える事態になってしまったのである。
 そして迎えたお披露目イベント当日。
 開店前に並んだ人は、かたひらアベニューオープン時の一〇〇人を越える二〇〇人の新記録となり、イベント開始の二時間前――十三時には満員御礼となり、一時は入れなかった人とスタッフが一触即発の事態となったが、急遽十五時の回に加えて、十七時からもう一度イベントを開催することでことなきを得るにいたったのである。
 多少でもネットで話題になれば……と思っていた茶月だったが、まさかこんな展開になるとは予想していなかった。が、さびれはじめていた「かたひらアベニュー」に、これだけの人が集まったということが、うれしくもある。
「あの……茶月さん」
 感慨に浸っている茶月の元へ、咲紀が話しかけた。「わたしの衣装って、まさかこれですか?」
「そうよ」
 咲紀の持っていた「モノ」をちらっと見て、茶月は即答した。
 しがないショッピングセンターが成り行き任せでつくったアイドル「ペッパー&ミント」に、専属の衣装さんがついてるわけもない。が、私服で出るわけにもいかず、昨日茶月が洋品店の倉庫から、売れ残りの服をかき分けて、なんとかそれっぽい衣装をでっちあげた――と、咲紀たちは説明を聞いていた。
 確かに、硝の衣装はフリフリのかわいい系、杏菜の衣装はクールなカッコイイ系という違いがあるものの、それぞれ華やかなものが用意されていた。だのに、咲紀に用意されていたのは、まつたく別のものだった。
 黒いポンチョに、吊り目の怖い被りモノ――。
「これって、腹クロ兵の衣装じゃないですか!」
 咲紀の抗議にも、
「うん、そうよ」
 茶月は、平然と答えた。
 例の「乱入事件」で、杏菜の回し蹴りを食らった腹クロ兵の「中の人」は、病院での診察の結果、「肋骨にひびが入って、全治三ヶ月」という診断が下ったのである。
 今日のイベントは、ペッパー&ミントと腹クロ兵の合同お披露目会ということになっていた。が、中の人が負傷してしまい、困ったのが新規出店組だ。ただでさえ出遅れているのに、ここにきてお披露目まで延期されてしまっては、たまらない。自分たちのミスならまだしも、中の人を負傷させたのは、ペッパー&ミントのメンバーである。補償だ賠償だとわめく新規出店組に、茶月が提案したのが、咲紀に「腹クロ兵」に入ってもらい、ペッパー&ミントを「女の子二人とゆるキャラのアイドルグループ」にしてしまう――というものだった。
 人気面で先行している旧商店街組の企画に便乗できるとあって、新規出店組はその条件を飲んだのである。
「それなら、杏菜ちゃんが入るのが筋じゃないんですか?」
 と咲紀が詰め寄ると、
「確かにね」
 茶月は素直に認めた。が、そうもいかない事情があるのだ。
 かわいい系の硝は、すんなり人気になるだろうと、茶月も予想していた。どちらかというと、美人系の杏菜は、硝ほどの人気にはならないのでは……と思っていたのだが、乱入事件のあと、
「カッコイイ」
「蹴られたい!」
 などなど、妙に人気になってしまい、杏菜に着ぐるみの中に入ってもらうわけにはいかなくなってしまった。そうすると、残る選択肢は、ひとつ――。
「それはわかりますけど……」
 なおも渋る咲紀の頭に、茶月は強引にかぶりものを乗せた。
「じゃ、よろしくね!」
 それだけ言い残すと、茶月はそそくさと逃げ出した。
「ちょっと、茶月さん!」
 着ぐるみの中の咲紀が言ったと同時に、アナウンスが流れる。
『それでは、ペッパー&ミント、ファーストコンタクトライブ、開演です!』
 こうして、世にも珍しい、女の子二名+着ぐるみ一体という、アイドルユニットが誕生したのだった。

Fin.

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