柚子湯の季節(5)

 翌朝起きてみると、当然のことながら、母の姿はなかった。
 その代わりに、ダイニングの上に一通の手紙が置いてあった。コンビニで売ってる、味もそっけもない白封筒。
 わたしはそれを開けなかった。
 読んでしまったら、母を許してしまうことが、わかっていたから。だから中身を読むのは、もうちょっと冷静になってからにしようと思う。
 封筒をレターケースにしまうと、わたしは大きくノビをした。
 ほのかに、柚子の香りがした。
 今朝、長い時間パスタブに使っていたせいだ。
 早くバスタブのお湯を入れ替えて、この匂いを取らなきゃと思って浴室に向かい……わたしは足を止める。今日一日くらいは、柚子の香りを楽しむのも悪くない。
 あたしになればきっと、母はわたしの中で「忘れ去られた存在」になる。いままでそうしてきたように、きれいさっぱり、存在を消してやる。
 自分の勝手で「赤の他人」になったのだから、忘れる――存在を消すのが、お互いのしあわせのためだ。だから、明日からまた、わたしは母を忘れる努力をする。
 でも、今日くらいは、せめて。
 この柚子の香りが、彼女の存在証明となるのなら……。

Fin.

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