茜空の季節(1)

 いきつけのスポーツパーは人影もまばらで、天井から吹き付ける冷房の風が、肌寒いくらいだった。それなりの人出になれば問題ないのだろうが、そろそろ涼しくなりかけたこの時期に、冷房全開は勘弁して欲しい。
 スーツの前ボタンを留めながら、あたしはギネスを注文した。バーテンもいるちゃんとしたバーだけれど、スポーツ見ながら飲むならやっぱりビールじゃないと、雰囲気が出ない。
 壁際のスツールを確保して、タンブラーからギネスをひとくちすする。
 ふぅー。
 この瞬間のために仕事をしている……なんておやじくさいことを言うつもりはないけれども、アルコールを口にした瞬間、ようやくあたしは、仕事の緊張感から解放される。少し前までは、開放感の方が上回っていた気もするけど、最近は緊張がほぐれた途端に疲労感が襲ってくる気がしてならない。
 一息ついたところで、バックから携帯を取り出す。受信メールが二通。携帯のメールは、プライベートにしか使わないから、これはすべてプライベートのメールだ。
 携帯を開いて、メールを確認する。差出人は……先週の合コンで知り合ったオトコノコ。二通とも差出人は同じ。一通目が「お仕事はいかがですか?」ってな内容のご機嫌うかがいメール。その直後に、書き忘れたフリして出したお誘いのメール。
 合コンのあとの「おつかれさま」メールはちゃんと届いた。ほどよい時間をあけて、誘ってくるとは、なかなか見どころあるじゃないの。「下手な鉄砲打ちゃ当たる」じゃないけど、とにかく数だけメールを打てばいいと思っているヤツが多い中、この対応はちょっと好感触だ。
 とはいっても、ねぇ……。
 軽く、ため息。
 スポーツバーの天井からぶら下がっているモニターからは、Jリーグの中継が流れている。カップ戦を生中継しているらしい。人影もまばらな上に、Jリーグのさらにはカップ戦とあって、モニターに注目している人はほとんどいない。若手中心のカップ戦では、名前の知られた選手も出ていないし、こんなもんだろう。
「おまたせ」
 声をかけて、英臣があたしの隣の席に座った。「ちょっと、仕事の片付けに手間取っちゃって」
 英臣は、この近くのデパートに勤めている。デパートの男性社員は、雑務が多くて困る……と英臣は、いつも愚痴っていた。
「それはおつかれです」
 あたしタンブラーを持ち上げ、英臣のカクテルグラスに近づける。英臣は、無言でカクテルグラスを持ち上げて、そのまま一気にジン・フィズを煽った。
 ――しばし、無言。
 最近は、いつもこんな感じだ。典型的な倦怠期のカップルといってしまえば、それまでだけれども。つきあいが三年にもなれば、こんなもんじゃないかとあたしは思っている。
「メール、誰から?」
 英臣が言った。
「え、友達から」
 あたしは即答。それでこの話は終わり……のハズだった。いままでは。ところが英臣は、
「合コンで知り合ったオトコからでしょ?」
「なんでそれを……」
 と言いかけたところで、ハッと気付く。――由利ね。
 もともとあたしと英臣は、由利の紹介で知り合った。となれば、情報源は由利しかいない。そもそもその合コンだって、由利がセッティングして、「メンツが足りないからどうしても」と頭を下げられたから、出たというのに。
「ボクはその……」
 英臣は、あたしの顔も見ず、手元のナプキンをくるくる丸めている。「彼氏がいるのに、合コンに出るのは、ちょっとどうかと思う」
「だからこれは、由利が……」
 あたしの言葉も聞かず、英臣は続けた。
「だから、ボクたち少し、距離を置いたほうが、いいんじゃないのかな、って」

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