柚子湯の季節(2)

「それにしても、アンタは不幸を吸い寄せるオンナよねぇ」
 のんきな顔で、向かいに座った真琴は言った。
「ホント。お祓いにでも行ったほうがいいかしらね」
 言いながら、あたしはため息。喫茶店の中もすっかりクリスマス一色で、そんな華やかな演出が、かえってわたしを落ち込ませた。
 母がわたしの家に来たは、電話のあった翌日だった。
 明け方の四時に帰宅すると、自宅の前で誰かが毛布に包まって眠り込んでいた。ご丁寧にドアに寄りかかって寝ていたから、そのまま無視して部屋に入るわけにもいかず、彼女を無理矢理起こしてみると、
「遅いわねぇ。何時間またせるのよ」
 と、いきなり怒られてしまった。その声で、前の日に電話をかけて来た「わたしの母を名乗る人」であることに気付いた。
 しょうがなく自宅に上げ、わたしがなにか聞くより早く、昔の写真だの保険証だのを見せ、自分が母であることを説明しはじめた。そんなことよりわたしは一刻も早く布団に入りたくて、
「詳しいことはそのうちに時間を取って聞きます。それまではいていいから」
 そう言うとわたしは、さっさと風呂に入ってしまった。風呂から上がると母は、リビングで寝入っていたのだった。
「そのうちに時間を取って」と言ったものの、それからの数日はじっくり話を聞くほどの時間もなかった。わたしはホステスで夜の仕事。昼に起きて、明け方に帰ってくる毎日。一方母は、近所の小学校で給食のおばちゃんをやっているらしく、朝起きて夜寝る普通の生活をしている。これでは、顔を合わせることもできない。
 けれど、何日も居座られても困るし、今日は仕事を休んで、母が帰るのを待って、きちんと話をして、出て行ってもらうつもりなのだ。
「ま、なんとかなるから、がんばってね」
 真琴はそういうと、伝票を手に立ち上がった。「今日のケーキは、おごったげるから」
 年齢でいうと真琴は、わたしより2つ年下のはずだけれども、二人でいるときは、どっちが年上でどっちが年下だかわからない。
 とりあえず今日のところは、いかに母を追い出すかに集中しよう。
 一応、ホンモノの母だとは思う。でも、十五年も前に勝手に出て行った人だ。そのあとのわたしの苦労を考えれば、部屋を貸してあげる義理もないはずだ。
 そもそも、父がいた部屋は、リフォームしたあと真琴に入ってもらうつもりだったのだ。それなのに、勝手に居座られても困る。
 よし、その線で説得しよう――と心を決めたとき、ちょうど自宅についた。
 エレベーターを降りて、部屋の前までくる。鍵を開けると――部屋の中に、男がいた。
 母がいるのならわかるが、コイツは誰だ!?
 ストーカーっぽいヤツに付回された経験はあるけれど、部屋にまで侵入された経験はさすがにない。とっさに傘立てからできるだけ頑丈そうな傘を取ると、
「アンタ誰? 警察呼ぶわよ!」
 わたしは叫んだ。
 リビングでのんびり雑誌を読んでいたその男は、
「アンタがすずちゃん? 淑子から話は聞いてるぜ」
 動揺するでもなく、男は言った。
 ということは……母の知り合い?
 見た目は、わたしと同じ二十四か五くらい。だとすると、母の連れ子?
「ここはわたしの家よ。出て行ってくれる?」
「広い家なんだからさ、堅いこと言うなよ」
 そう言うと男は、また雑誌に目を落とした。どうやら、出て行く気はないらしい。
 それなら、警察に連絡した方がいい。そう思ったわたしは、近くの交番へ行こうと思った。その時、
「ただいまー。あら、すずちゃん帰ってたの。今日は早いのねぇ」
 玄関が開いて、母が帰ってきた。手には、買い物袋を提げている。
「それどころじゃないわよ。あの男、誰よ」
 わたしが母に詰め寄ると、
「あらまだ紹介してなかったわね」
 平然とした顔で、母は言った。「亮ちゃん。私の彼」
 わたしと同じ年くらいのあの男が、五十に手が届こうとしている母の彼氏!?
「ちょっと、ふざけないでよ。あなたがここにいることすら、迷惑だっていうのに、男まで一緒に面倒見る気はありませんからね。出ていって。いますぐ出ていって!」
 わたしが叫ぶと、
「面倒見てもらう気はないの。ただ、ちょっと部屋を貸してもらうだけで。広いんだから、いまさら一人増えても問題ないでしょ? それに一人よりみんなの方が楽しいし」
 母はしれっと言った。
 この面の皮の厚い連中を追い出すには、どうしたらいいんだろうと悩んでいるわたしをよそに、
「さて、ごはんにしましょうね。今日の晩御飯は麻婆豆腐よ」
 と、母は晩御飯の仕度をはじめ、
「おう、早くしてくれよ。朝からなにも食ってねーんだ」
 亮とかいう男は、夫かのように言い放つ。
 ここは、わたしの家なのに……!
 わたしが亮を睨んでやると、亮はにやりと笑った。

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