夜景の季節(1)

 どこの誰かは知らないけれど、いまこの眼下に広がる夜景を「地上の星座」と例えた人は天才的な詩人だと、衿子は改めて思った。足元に広がる幾千万もの星たちが、人の呼吸と同じ速さで瞬いている。世界に冠たる大都市・TOKYO。やっぱり、この景色が好きなんだな、わたし――。
「久し振りだな」
 貢は、衿子の横に立った。「東京タワーに上るのも」
「ひょっとして、五年ぶり?」
 衿子の問いに、貢は軽く肯いた。「そういう君は?」
「実はわたし、昨日も来てたりなんかして」
 と、衿子。
「ってことは、二日連続?」
「そう。昨日は天気がよくなかったから、夜景もあんまりきれいに見えなかったけどね」
 衿子は外の景色を見たまま、答えた。
 クリスマスには賑わっていた東京タワーも、今年が残り少なくなるに連れて驚くほど静けさを増していく。まわりには、ふたりと同じようなカップル――といってもそのうち二組は、三〇年は一緒にいようかというベテランである――が数組、のんびりと足元を埋め尽くす風景を眺めているだけである。
「五年前に比べて、またずいぶんと綺麗になったな」
 肩に載せようとした貢の手をサッと避けるように、衿子は夜景に背を向けた。
「お世辞を言ったって、何も出ないわよ」
 かなわないな、とばかりに首をすくめた貢は、
「相変わらずつれないオンナだな、おまえは」
 と言って、自分もガラスに背を向ける。――初々しい中学生らしきカップルが、ふたりの前を懐かしい声を巻き上げながら通り過ぎていった。
「いかがですか、久し振りに見た東京の夜景は」
 軽い笑みを浮かべて、衿子は貢を見上げた。そういえば、この人は背が高かったんだな――そんな事に、はじめて気が付く。
「どうもこうも…」
 貢は、懐かしそうに呟いた。「ゆっくり夜景を眺めたことなんて、ないからな」
「そうだろ、そうだろ」
 衿子が、満足気に肯く。「夜景を眺める余裕なんて、なかったもんね」
「そうだな……」
 それだけ言って、貢は視線を夜景に戻した。
 ――いつの間に、こんなにダンデイーな表情をするようになったんだろう。
 物憂げな貢の横顔に、衿子は新鮮な驚きを覚えた。
 もっと子供のように無邪気な表情をしている人だった。少なくとも、出会った頃は。好きだった貢も、もうすでに過去の人なんだ――そう思うと、衿子は一抹の寂しさを感じた。

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